› 与那国島びする会議 › 2007年11月・・本物にあやかる・・・

マチリも比川集落に移り、前半を経過した。(マチリについては前回ブログを御参照の事)
・・・・比川集落のマチリと言えば後間家の「タマハティ」が有名だが、個人的に楽しみにしていたのがキングイ(狂言)で、二人の若者が来賓の客人をまき込みながら、珍騒
動を起こす様がたまらなくおかしい。
しかし、方言のセリフを覚えることの難しさや、アドリブで観衆を沸かせなければならないプレッシャーは大変なものらしい・・・今回は島外から移住した鈴木さんが(写真左端赤服)比川公民館のダグサ(役員)の一人に抜擢され、必然的にキングイの演者に配役された。
「今回のキングイは面白いよ~だっから6時30分起床ね!」と昨夜午前3時近くまで飲み明かした新婚旅行の客人に飛行機のチケットを変更させて引き止めた。
早朝から寝不足と酒の抜けきれない二人はキングイの始まる昼近くまで待ち続けていた・・・
・・・・遅い・・いくらなんでもキングイの出番が遅い・・・・
「鈴木の兄ィ、まだねぇ?」すると『いやぁ~相方が都合つかなくて残念ながら急遽取りやめになったさぁ~本当さぁ!』と残念な割には満面の笑顔で答えた。対照的に私は一瞬にして血の気が引いた・・・
・・・どう説明すればと新婚二人に口ぐもりながら説明していると『代わりに役員のバリヌ
シ(慰労会)に招待するよぉ~』と助け舟。
二人の笑顔にホッとし、長浜の兄ィと泊前館
長に感謝・感謝!
・・・・長浜の兄ィ曰く!
『奇しくもキングイの内容は男女の縁結びだから本当のあやかりが出来て最高さぁ~』
沖縄三大秘祭『マチリ』始まる・・・・

11月22日(旧10月13日)、クブラマチリを皮切りに25日間の「マチリ」が始まった。『マチリ』は東・西・島仲・久部良・比川の自治公民館がそれぞれ主催する。(与那原家など個人で継承している例もある)
①クブラマチリ……庚申の日に久部良で海賊退散を祈願―久部良公民館主催 ②ウラマチリ………辛酉(かのととり)の日に祖納の東地区で牛馬繁殖を祈願―東公民館主催 ③ンディマチリ……甲子(きのえね)の日に比川で子孫繁栄を祈願―東公民館主催 ④ンマナガマチリ…壬午(みぞのえうま)の日に旧島仲村で五穀豊穣を祈願する―島仲公民館主催 ⑤ンダンマチリ……葵未(みずのとひつじ)の日に小字帆安で航海安全を祈願―西公民館主催
最後のンダンマチリでは祭場の小屋に籠って一晩おつとめし、翌日神別れを祈願するアンダドゥミを行ってマチリが終了し、島を覆ったもろもろの禁制が解ける。
こうした禁忌があるマチリは、12年ごとに久高島の30歳から41歳の女性が神女になるイザイホー、海の彼方から豊穣をもたらすアカタマ・クロタマの神が
来訪する八重山新城島(アラグスク)の豊年祭と並んで、沖縄三大奇祭のひとつとされる。(七尾みつお著・参考)
さて、四足の動物を食してはいけない禁欲に負け食したものには、神様からお叱りがあるといわれがあり、島民は頑なに伝統を守っている・・・・
に、しても甘い神酒や与那国島自慢の「島酒」「精進料理・ウサイ」そして神事のための芸能・舞踊が禁欲を忘れさせる・・・脈々と後継者いずる・・・

「ヤァ~ッ久部良に来るの忘れるなよ!」不意に島で一番の若手ウミンチュ(漁師)に声をかけられ、ハッとして身支度を程々に車をとばした・・・・
先日11月19日(旧の10月10日)、沖縄県内では与那国島の久部良集落だけといわれる金比羅祭が行われた。
もともと香川県琴平の金刀比羅宮から昭和10年頃、ご神体を受けたもので沖縄自体になじみが薄いのも当然ではある。
がしかし、なぜこの与那国島の久部良の漁師町に根付いたのかは、100年ほど前からこの与那国の地は「曳き縄」や「一本釣り」「突きん棒」などの漁法が先駆的に行われていた事、戦前戦中までは「東洋一」と言われ
るほどのカツオ節工場が群をなしていたことで全国各地から名うてのの漁師たちが移住してきたことに由来し、県内有数の漁師町が形成されていた事にある。
旧の10月10日が漁協の決算〆の日でもあり総漁獲量・水揚げ上位の漁師が表彰され、航海安全の祈願と、感謝と共に漁師の粋を感じさせる祝杯の場ともなった。

年々漁獲量の減少・燃料の高騰と、一次産業・そして漁協には厳しい御時勢にあるのだが、金比羅宮の改修工事を無償で請け負ってくれる土建業社があったり、長年に渡り好意で
神主をされていた浜謙一氏が急逝された後、中学校の校長先生が神主を歴任されたりと、地域に根付き一体となって漁業の再構築を図っている様が伺える。
極めつけは大勢の観客が見守る中での奉
納相撲。
幼稚園児や小学生、中学生がこぞって参加し、あいにくの強風・粒雨をはじき返す勢いで会場を沸かせた。
地域が一体となって、地元産業を構築して行く事は基本ではあるが、担い手となる子供達に「大人の背中を見せている」という事は、後継者育成や情操教育の面からも素晴らしさを感じる。
・・・一番手に漁師の奉納相撲が行われた。勝者の勝ち名乗りを上げたのは中学生の卒業式に『夢はウミンチュ(漁師)だ』と語っていた彼だった。
深夜まで与那国島サミット
数年ぶりに待ちわびていた人に再会する事ができた…とは言っても、だいぶ先輩で大先生。おまけにそんなに会話を交わして頂いてたわけではない!… だけれども、そう思わせてくれる包容力を持ち合わせている人物だ。
自然環境の動態や事成りを研究されている仲田氏がその人である。出会いは与那国空港延長工事に伴っての環境調査だった。あれから6年。空港は完成に至ったが、財政難に苦しむ与那国町において「空港」は「観光立島」への必然的要素…
これからの与那国島の方向性を探る上で、島全体のアセスメント、自然環境の現況はとても気になるところ。
ゴルフ場や大型リゾート施設建設の話も聞こえる昨今だからこそ与那国島をきちんと知っておきたい…

仲田先生お待ちしておりました。Σ(T▽T;)
この日はヤンマー沖縄の星野さんや学童保育師の兵藤さん達7名、職業の全く違う面々が与那国島について遅くまで語り明かした夜でした。
与那国馬
与那国といえば「世界最大の蛾、ヨナクニサン」「与那国馬」「海底遺跡」「国境の島」「カジキ…太公望」etc…
その中でも子ども達に大人気なのが『与那国馬』、小さいながらも力強い彼らは数少ない在来種としても脚光を浴びている。
島を一周するとサファリパークさながら大勢の黒毛和牛と与那国馬に出会える
競馬場で見かける大柄なサラブレットもオジサン達の心を暖めたり、沸騰させたりするけれど。小さいながらも『与那国馬』は疲れた心をポウッと癒してくれる事うけあい!
ワーリヨ ドゥナンチマ(いらっしゃい与那国へ)
いよいよ与那国一周マラソン
与那国島を一周する号砲がいよいよ明日午後1時に鳴り響く。
島一周といっても24kmだが、油断大敵〜起伏に富んだ地形はフルマラソンに匹敵する。
しかし醍醐味は様々だが、見渡す360度の大海から吹き込む澄んだ空気を全身に味わい、『国境の島を駆け巡る』ことかなぁ…
「与那国島を遊ぼう」(^o^)/
島の進路
島に長雨が降り続いて何やら心も湿りがち…それゆえか集う島人の話題もネガティブになりがち。
「公共工事の減少で会社をたたんだ」「生活に便利な島外へ移住した隣人」…そんな会話の中にも島の行く末に期待する話もでるのだが、「ゴルフ場完備の大型リゾートの誘致」なんてのもその一つ…
大型リゾートではないが与那国島では最大のホテルが急ピッチで建築中。 島にとって『観光立島の起爆剤』となる事を期待したいなぁ…しかし、けして「観光植民地」にならぬよう。島の良さ「自然」をキチンと守れる与那国スピリッツを失わないよう。常に『ポジティブスピリッツ』だなぁ…
けして多きを望ます、身の丈にあったオンリーワンな島の未来でありたいなぁ…
雨は、まだまだ降り続く様相だが、台風にやられた草木が青々と再生中…
湿りがちな心に希望の炎を焚き付けろ!『できる事からコツコツとドゥナンチマv(`∀´v)』
勉強させて頂きます!
「しっかりしろよ(`ε´)#」…なかなか御会いできない角谷氏(政治ジャーナリスト)と上妻氏(都市経済研究所)と上京した際に『囲む会』と称して勉強会をしてもらった。「地方からの視点」、「中央からの考察」と、意見の交雑…たまにこういった機会があると島への活気の呼び水のようで、感謝しどおしです。
それにしても、恐縮しきりで『囲む会』が『挟まれる会』の様相…
こんな与那国応援がいて、つくづく与那国島は幸せな島だなぁ…『自立ビジョン』を生きたものにするために「できる事からコツコツとドゥナンチマ」だなぁ…







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